睡蓮(1916年・国立西洋美術館):一辺2メートルの正方形に水面だけを収めた一枚
- 作者
- クロード・モネ
- 制作年
- 1916年
- 所蔵
- 国立西洋美術館
- 所在地
- 東京都台東区
モネが1916年に描いた、一辺およそ2メートルのほぼ正方形の《睡蓮》。松方幸次郎がジヴェルニーでモネ本人から購入し、戦時中の接収を経て1959年に日本へ返還されました。同じ館の《睡蓮、柳の反映》とは別の作品で、常設展示の中心となる一枚です。
国立西洋美術館には、クロード・モネが1916年に描いた《睡蓮》があります。一辺およそ2メートルの、ほぼ正方形の大画面いっぱいに水面だけが広がる作品です。同館には同じ1916年の《睡蓮、柳の反映》もありますが、本作はそれとは別の一枚で、館の出発点となった松方コレクションの中核をなしてきました。
《睡蓮》とは
技法は油彩・カンヴァス、寸法は200.5×201センチメートル、左下に「Claude Monet 1916」の署名と年記があり、所蔵番号はP.1959-0151です。50歳を過ぎたモネはジヴェルニーの自宅で庭づくりを始め、池に育てた睡蓮を繰り返し描くようになりました。天候や時間によって表情を変える水面に画家の関心は尽きず、本作の制作時にはすでに20年近く睡蓮を描き続けていたことになります。
同館のもう一点《睡蓮、柳の反映》(所蔵番号P.2017-0004)は、幅424.4センチメートルの横長の大作で、上部が失われた状態で伝わりました。館に入ったのも2017年12月と新しく、松方幸次郎の遺族から寄贈されたものです。同館の資料によれば、松方は1921年にモネのアトリエを訪ね、オランジュリー美術館の大装飾画へ結実していく作品を画家から直接2点購入しました。その1点が本作、もう1点が《睡蓮、柳の反映》です。制作年もいきさつも重なりながら、かたちも館に届くまでの道のりもまったく違う二点だと考えると、並べて見る楽しみが増えます。
どこで見られる?
- 所蔵先:国立西洋美術館(所蔵番号 P.1959-0151)
- 所在地:東京都台東区上野公園7-7
- 展示状況・観覧料:2026年8月時点で、同館の所蔵作品検索は本作を常設展で「展示中」と表示しています。常設展(コレクション展)の観覧料は一般500円、大学生250円、高校生以下と65歳以上は無料です。
展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。
見どころ3選
- ほぼ正方形の画面:200.5×201センチメートルという寸法は、空も岸辺も描かず、視界を水面だけで満たすための選択です。近づくほど、上下左右の感覚があいまいになり、自分がどこから水面を見ているのかがわからなくなります。
- 大胆に省略された細部:花や水面の影は、輪郭を追わずに絵具の置き方だけで示されています。同館はこの表現を、後の表現主義や抽象絵画にもつながるモネの革新性の表れだと説明しています。
- もう一点の《睡蓮》との比較:同じ1916年の《睡蓮、柳の反映》とあわせて見れば、正方形と横長、完全な画面と上部を失った画面という違いがそのまま体験できます。どちらも常設展で公開されています。
この絵が日本にある理由
本作を手に入れたのは、神戸の実業家・松方幸次郎です。1921年12月頃、モネ本人から直接購入しました。松方は川崎造船所の初代社長をつとめ、第一次世界大戦を背景とした船舶特需で事業を拡大しながら、1910年代半ばから1920年代半ばにかけてヨーロッパで美術品を集めました。日本に「共楽美術館」を建てる構想を持っていた人物です。
しかしパリに残された作品群は、1944年にフランス政府によって敵国人財産として接収されてしまいます。戦後の日仏政府間の交渉を経て、1958年に日本政府への寄贈が決まり、フランスの国立美術館のために留め置かれる約20点を除く375点が1959年に日本へ運ばれました。本作は同年4月に国立西洋美術館へ収められ、館は同年6月に開館します。
国立西洋美術館そのものが、この返還された松方コレクションを展示公開するために上野の地に創設された美術館です。同館は本作を常設展示の中心と位置づけており、館が生まれた理由そのものに関わる一枚だといえます。
まとめ
《睡蓮》は、松方幸次郎がモネ本人から買い、戦争で接収され、1959年に日本へ返ってきた作品です。ほぼ正方形の画面に水面だけを収めた構図と、細部を省いた筆致に、晩年のモネの到達点が見えます。常設展で見られるので、同じ館の《睡蓮、柳の反映》とあわせて、二つの1916年を確かめてみてください。
