ゴッホ《ドービニーの庭》:死の直前に描かれた、猫の消えた庭
- 作者
- フィンセント・ファン・ゴッホ
- 制作年
- 1890年
- 所蔵
- ひろしま美術館
- 所在地
- 広島県広島市
ゴッホが亡くなる直前の1890年7月に描いた横長の大作。バーゼルにある同主題の作品には前景に黒猫がいますが、ひろしま美術館の本作にはいません。科学調査で塗りつぶしの痕跡が確認されています。本館のコレクション展示で公開中です。
《ドービニーの庭》は、ゴッホが亡くなる直前の1890年7月に描いた横長の大作です。オーヴェル=シュル=オワーズにあった先輩画家ドービニーの家の庭が主題で、ゴッホ最晩年を代表する一点として知られています。ひろしま美術館の本館で公開されています。
《ドービニーの庭》とは
フィンセント・ファン・ゴッホは1890年5月、パリ近郊の村オーヴェル=シュル=オワーズに移り住みました。滞在先のラヴー旅館の近くには、バルビゾン派の風景画家シャルル=フランソワ・ドービニーの邸宅があり、ゴッホは以前から彼を敬愛していました。その庭を描いたのが本作です。
ひろしま美術館の《ドービニーの庭》は1890年の作で、油彩・カンヴァス、53.2×103.5センチメートル。横幅が高さのおよそ2倍という「ダブルスクエア」と呼ばれる細長い画面で、ゴッホが晩年に好んで用いた形式です。ゴッホは同じ庭を描いた作品を複数残しており、ほぼ同じ構図の一点はスイスのバーゼル市立美術館に、より小さな習作はアムステルダムのファン・ゴッホ美術館にあります。
ゴッホがオーヴェルで過ごしたのは、5月から7月末までのわずか2か月あまりです。その短い期間に70点を超える油彩を描いたとされ、《ドービニーの庭》はその最後の時期に手がけられました。ゴッホは弟テオへの手紙のなかで、この庭を描く計画や画面の色について繰り返し触れています。
どこで見られる?
- 所蔵先:ひろしま美術館(本館)
- 所在地:広島県広島市中区基町3-2(中央公園内)
- 展示状況:2026年8月13日~の「展示中の所蔵作品リスト」に No.28 ゴッホ《ドービニーの庭》1890年として掲載され、本館のコレクション展示で公開されています(作品自体は現在も展示中で、貸出中の作品一覧にも含まれない)。開館時間は9時から17時(入館は16時30分まで)、月曜休館(祝日の場合は翌平日、特別展会期中は開館)
- 観覧料:特別展の会期中は特別展の入館券でコレクション展示もあわせて観覧できます(2026年7月11日から9月8日の特別展開催中は一般2,500円)。コレクション展示のみの期間は一般1,000円などの料金が設定されます
展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。
見どころ3選
- 消えた黒猫:バーゼルの作品には前景の左手に黒猫が描かれていますが、ひろしま美術館の本作にはいません。科学調査によって塗りつぶされた痕跡と絵具の違いが確認され、ゴッホ本人ではなく没後に第三者が塗り消したとみられています。
- 渦を巻く筆づかい:草地や樹木、空にうねるような筆の跡が走り、静かな庭に落ち着かない動きを与えています。
- 横に長い画面:横幅が高さの約2倍という形式のため、視線が左右に流れ、庭を歩いて見渡しているような感覚が生まれます。
この絵が日本にある理由
ゴッホの死後、この作品はドービニーの未亡人の手に渡り、1900年頃に美術市場へ出ました。その後、ユダヤ系の銀行家ジークフリート・クラマルスキーの所蔵となり、彼は第二次世界大戦の直前にアメリカへ逃れています。1974年、作品は競売にかけられ、広島銀行が落札しました。
広島銀行は創業100周年の記念事業として美術館の設立を進めており、1978年11月3日、「愛とやすらぎのために」をテーマにひろしま美術館が開館します。原爆犠牲者への鎮魂と平和への願いが込められたこのテーマは、《ドービニーの庭》から発想されたものだと美術館は説明しています。本館の円形ドームは原爆ドームを、周囲の回廊は厳島神社をそれぞれ想起させる意匠になっています。
ひろしま美術館は開館30周年にあたり、吉備国際大学と共同でこの作品の科学調査と文献調査を行い、その成果を報告書としてまとめています。黒猫をめぐる調査結果も、そこで公表されたものです。1点の絵をめぐって、これほど徹底した調査が行われている例は多くありません。
まとめ
ゴッホ《ドービニーの庭》は、画家が最後に見つめた庭の緑を伝える作品であり、広島という街の願いとも結びついた一点です。本館のコレクション展示で見ることができますが、貸出や展示替えの可能性があるため、訪問前に公式サイトの「展示中の作品」で確認してください。

