レウキッポスの娘たちの略奪:ルーベンスが正方形に閉じ込めた神話の渦

レウキッポスの娘たちの略奪:ルーベンスが正方形に閉じ込めた神話の渦

名画
作者
ペーテル・パウル・ルーベンス
制作年
1618年頃
所蔵
アルテ・ピナコテーク
所在地
ドイツ・ミュンヘン

ルーベンスが1618年頃に描いた神話画。双子神カストルとポリュデウケスが王の娘たちを馬上へ引き上げる一瞬を、正方形に近い画面へ渦のように凝縮しました。風景はヤン・ウィルデンスが担当。ミュンヘンのアルテ・ピナコテーク上階第7室にあります。

《レウキッポスの娘たちの略奪》は、ペーテル・パウル・ルーベンスが1618年頃に描いた神話画です。ギリシア神話の双子神カストルとポリュデウケスが、王の娘たちを馬上へ引き上げる一瞬を捉えています。ドイツ・ミュンヘンのアルテ・ピナコテークが所蔵しています。

レウキッポスの娘たちの略奪とは

ドイツ語の原題は「Der Raub der Töchter des Leukippos」、英語では「The Rape of the Daughters of Leucippus」と呼ばれます。技法は油彩・カンヴァスで、バイエルン州立絵画コレクションの公式情報によれば寸法は224×210.5センチ、所蔵番号は321です。制作にはルーベンスのほか、風景専門の画家ヤン・ウィルデンスが加わり、背景の自然描写を担当しました。描かれているのは、メッセニアの王レウキッポスの娘ヒラエイラとポイベが、双子神ディオスクロイ(カストルとポリュデウケス)に連れ去られる場面です。甲冑をまとい落ち着いた馬にまたがるのがカストル、上半身をあらわにして後脚立ちの馬を御しているのがポリュデウケスとされています。

どこで見られる?

  • 所蔵先:アルテ・ピナコテーク(バイエルン州立絵画コレクション)
  • 都市:ドイツ・ミュンヘン
  • 展示室:上階の第7室(Saal VII)。フランドル絵画の部門で、ルーベンスの大作が並ぶ一角です
  • 予約の要否:一般の入館に事前予約は必須とされていませんが、公式サイトからオンラインでチケットを購入できます

開館時間や入館料は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • ほぼ正方形の画面に閉じ込めた渦:縦224センチ、横210.5センチという正方形に近い画面のなかで、4人の人物と2頭の馬が円を描くように組み合わされています。手足と衣が交差しながら回転していく構成のため、どこから目で追っても視線が画面の外へ抜けていきません。
  • 質感の描き分け:白く柔らかな娘たちの肌、日に焼けた男たちの体、馬の毛並み、金糸の織物、冷たい金属の甲冑。すべてが同じ絵具で描かれながら、まったく違う手触りに見えます。所蔵館はこの点を、彫刻に対する絵画の優位を示すものと説明しています。
  • 馬を支えるプトー:画面には愛らしいプトー(幼児像)が登場し、馬の手綱を押さえています。ただし、その翼が黒く描かれていることから、この略奪の先に待つ双子の悲劇的な結末を暗示していると読まれています。

描かれた背景

神話では、双子は従兄弟にあたるイダスとリュンケウスの許嫁だった娘たちを奪い、そのことが後の争いを招きます。追撃のなかで人間の子であるカストルは命を落とし、ゼウスの子で不死のポリュデウケスは、兄弟と引き離されることを拒みました。その願いが聞き届けられ、二人はともに天へ上げられて星になったと伝えられます。ルーベンスは1600年から08年にかけてイタリアに滞在し、古代彫刻とヴェネツィア派の色彩を吸収したうえで、故郷アントウェルペンに大規模な工房を構えました。本作はその工房が最も充実していた時期の一枚で、専門画家との分業によって成り立っています。作品は1716年までにプファルツ選帝侯ヨハン・ヴィルヘルムがアントウェルペンで購入し、デュッセルドルフの画廊を飾りました。その後マンハイムを経て、1805年から06年頃にミュンヘンへ移されています。

邦題の「略奪」という言葉についても触れておきます。原題のドイツ語「Raub」や英語の「rape」は、現代の語感とは異なり、古典絵画の主題名としては連れ去り、誘拐を意味する語として用いられてきました。ルーベンスの時代、この種の主題は古代の詩に題材を求めた教養ある注文主のための画題であり、裸体と激しい動きを大画面で扱う口実にもなっていました。娘たちの表情には抵抗と当惑がはっきりと描き込まれており、単なる華やかな場面としては処理されていません。物語の残酷さと、絵としての輝きが同居しているところに、この作品の複雑さがあります。

まとめ

《レウキッポスの娘たちの略奪》は、激しい動きと豊かな質感を正方形に近い画面へ凝縮した、バロック絵画の到達点のひとつです。アルテ・ピナコテークの上階第7室で、ルーベンスの他の大作とともに見ることができます。物語の結末を知ってから向き合うと、輝く画面の奥に潜む影にも気づけるはずです。