サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール:セザンヌ最晩年の到達点が東京・京橋に

サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール:セザンヌ最晩年の到達点が東京・京橋に

名画
作者
ポール・セザンヌ
制作年
1904〜06年頃
所蔵
アーティゾン美術館
所在地
東京都中央区

セザンヌが故郷の山を描き続けた連作の最終盤にあたる油彩。東京・京橋のアーティゾン美術館が所蔵する、石橋財団コレクションを代表する一枚です。1923年にパリで購入されて日本へ渡った来歴と、20世紀絵画への影響、鑑賞のポイントを紹介します。

南フランスの画家ポール・セザンヌが、故郷にそびえる山を生涯かけて描き続けた連作。その最終盤に位置づけられる一枚が、東京・京橋のアーティゾン美術館にあります。20世紀絵画の出発点とも評される作品を、日本にいながら目の前で見ることができます。

《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》とは

ポール・セザンヌ(1839〜1906年)が1904〜06年頃に手がけた油彩・カンヴァスで、寸法は66.2×82.1センチです。描かれているのは、セザンヌの故郷エクス=アン=プロヴァンスの東にそびえる石灰岩の山、サント=ヴィクトワール山。街から東へ延びるトロネの道沿いの丘に立ち、東を向いて望んだ眺めです。

中景の左寄りには「シャトー・ノワール(黒い城)」と呼ばれる黄土色の建物が顔をのぞかせます。手前には樹々が密に茂り、その向こうに山の稜線が浮かび上がります。サント=ヴィクトワール山はプロヴァンス地方を象徴する存在で、セザンヌは1880年代から晩年まで、立つ位置や距離を変えながらこの山に向き合い続けました。油彩と水彩を合わせれば、その数は数十点に及びます。本作はその長い探究の最終盤に置かれる一点です。

どこで見られる?

  • 所蔵先:アーティゾン美術館(公益財団法人石橋財団)
  • 所在地:東京都中央区京橋のミュージアムタワー京橋。東京駅八重洲中央口から徒歩約5分です
  • 展示状況・観覧料:同館は日時指定予約制で、来館前にウェブでチケットを購入して入館します。企画展と同じチケットで5階・4階の「石橋財団コレクション選」も鑑賞でき、本作もそこで公開されることがありますが、展示替えがあるため常時見られるとは限りません。観覧料は会期ごとに異なり、ウェブ予約チケットと窓口販売チケットで金額が変わります。高校生・専門学校生・大学生・大学院生は無料(ウェブ予約が必要)、中学生以下は予約なしで無料です。障がい者手帳をお持ちの方と付添者1名も無料です

展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 輪郭線に頼らない画面:はっきりした線描が残るのは山の稜線とシャトー・ノワールの建物くらいで、あとは筆触の積み重ねだけで空間が組み立てられています
  • 暖色と寒色が刻むリズム:前景の樹々には緑と青の細かな筆致が並び、中景の黄土色の建物が画面を引き締めます。色の対比そのものが奥行きを生み出しています
  • 平面性と奥行きの同居:一瞬の光を写す印象派から出発しながら、セザンヌは移ろわない構造へと向かいました。奥行きを感じさせつつ画面の平らさも失わないこの均衡が、キュビスム以降の絵画を準備したと評価されています

この絵が日本にある理由

本作を日本にもたらしたのは、生糸貿易で財を成した実業家で、美術収集家としても知られる原三渓(1868〜1939年)の長男、原善一郎(1892〜1937年)です。善一郎は1923年、パリでこの作品を購入しました。セザンヌが世を去ってからまだ20年に満たない時期のことで、日本人による西洋近代絵画の収集としてはきわめて早い例にあたります。

その後、本作は石橋財団のコレクションに加わり、1952年に開館したブリヂストン美術館の所蔵品として長く公開されてきました。同館は2020年、アーティゾン美術館と名を改めて京橋の新しい建物へ移転します。石橋財団は印象派を中心とするフランス近代絵画を重点的に集めてきましたが、本作はその中でも、20世紀絵画の展開に大きな影響を与えた重要作として位置づけられています。原善一郎という一人の収集家の目利きがなければ、この山の姿を東京で見ることはできなかったかもしれません。

まとめ

《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》は、セザンヌが生涯追い続けた主題の最終形であり、20世紀絵画への扉を開いた作品です。東京駅から歩いて行ける立地にあり、日時指定予約さえ取れば落ち着いて向き合えます。出かける前に、公式サイトで展示中かどうかを確かめておきましょう。