萬鐵五郎:日本の前衛のパイオニア、フォーヴィスムとキュビスムをいち早く血肉にした東北の異才
《裸体美人》で日本の洋画に強烈な個性を刻んだ萬鐵五郎。フォーヴィスムやキュビスムをいち早く取り入れながら、独自の表現へ昇華させた岩手出身の前衛画家の生涯。
はじめに:日本の前衛絵画の先駆者
萬鐵五郎(よろず・てつごろう、1885-1927)は、大正期を代表する洋画家です。マティスらのフォーヴィスム(野獣派)やピカソのキュビスムといったヨーロッパ最先端の動向を、ほぼ同時代にいち早く受け止め、日本人としての体質に根ざした独自の表現へと消化しました。その先駆性から「日本の前衛絵画のパイオニア」と位置づけられています。
生涯:東北の風土と、最先端の絵画
萬は岩手県の土沢(現在の花巻市東和町)に生まれました。東京美術学校の卒業制作として発表した《裸体美人》は、草原に寝そべる女性を荒々しい筆致と原色で描いた問題作で、指導教官たちの評価は最低ランクだったと伝わります。しかしこの作品こそ、日本におけるフォーヴィスム受容の記念碑として、後に重要文化財となりました。その後の萬は、キュビスム風の分析的な画面や、心の暗部を見つめるような自画像を経て、郷里の土沢や神奈川の茅ヶ崎で、南画の精神と油彩を融合させる独自の境地へ。42歳(数え)の若さで亡くなるまで、常に日本の洋画の最前線を走り続けました。
3つの代表作解説
- 裸体美人(東京国立近代美術館・重要文化財): 腋毛まで描かれた寝そべる女性像は、当時の美術界の常識への挑戦状でした。ゴッホとマティスへの共感を叩きつけた、日本近代洋画の転換点です。
- 赤い目の自画像: 燃えるような赤い目でこちらを見据える強烈な自画像。自己の内面を凝視する萬の芸術の核心が表れています。
- もたれて立つ人: キュビスムの手法を消化した日本初期の本格的作品のひとつ。人体を幾何学的に分解しながら、不思議な情感を漂わせます。
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萬が共鳴した運動についてはフォーヴィスムとキュビスムの記事で解説しています。故郷の岩手県立美術館は萬鐵五郎の作品を柱のひとつとして収集・展示しています。同時代の洋画の流れは明治・大正美術でどうぞ。
