印象・日の出:「印象派」の名前が生まれた一枚

印象・日の出:「印象派」の名前が生まれた一枚

名画
作者
クロード・モネ
制作年
1872年
所蔵
マルモッタン・モネ美術館
所在地
フランス・パリ

クロード・モネが1872年、ル・アーヴルの港を描いた縦50センチ、横65センチの油彩画。1874年の第一回展でこの題名が批評家に皮肉られ、「印象派」という呼び名が生まれました。マルモッタン・モネ美術館の所蔵です。

《印象・日の出》は、クロード・モネが1872年に描いた縦50センチ、横65センチの油彩画です。ル・アーヴルの港に昇る朝日と、水面に落ちるオレンジ色の光の帯を、ごく短時間で一気に描き上げた作品として知られています。この絵の題名が、のちに「印象派」という美術史上もっとも有名な呼び名を生むことになりました。

《印象・日の出》とは

原題はImpression, soleil levant。制作年は1872年、技法は油彩・カンヴァス、寸法は縦50センチ、横65センチ(額つきでは縦75センチ、横91センチ)、所蔵番号は4014です。画面左下に「Claude Monet」の署名があり、のちに「72」の年記が加えられました。モネはル・アーヴルのアミロテ(海軍本部)ホテルに滞在し、その部屋の窓から南東方向の外港を見下ろして描いています。時刻は早朝、秋から初冬にかけての霧が立ちこめる港の空気が主題です。作品は1940年5月23日、ウジェーヌとヴィクトリーヌのドノップ・ド・モンシー夫妻の寄贈により美術館に入りました。

どこで見られる?

  • 所蔵先:マルモッタン・モネ美術館
  • 都市:フランス・パリ(16区、ラヌラグ庭園のそば)
  • 展示室:モネ作品をまとめた地階の常設展示空間(展覧会の開催状況により場所が変わる場合があります)
  • 予約の要否:予約は不要で、美術館の窓口でも当日券を購入できます。月曜日は休館です。

開館時間や入館料は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 題名が動かした美術史:1874年、写真家ナダールの旧アトリエで開かれた「画家・彫刻家・版画家による匿名協会」の第一回展にモネはこの絵を出しました。カタログに載せる題名が必要でしたが、ル・アーヴルの眺めと呼ぶには構図が緩すぎると感じたモネは、単に「印象」と記します。風刺新聞『ル・シャリヴァリ』の批評家ルイ・ルロワはこの題名に飛びつき、4月25日付の記事に「印象派の展覧会」という見出しをつけて揶揄しました。その後、批評家ジュール・カスタニャリが同じ言葉を肯定的な意味で使い、「印象派」は運動の正式な呼び名として定着します。皮肉として投げられた言葉が、そのまま名前になった珍しい例です。
  • 数時間で描き切った筆致:波は横に引かれた数本の短い筆跡だけで表され、船や港の設備は影のような輪郭にとどめられています。細部を積み上げる代わりに、その瞬間に目に映った光と大気の状態を丸ごと定着させる。この描き方こそが、批評家をいらだたせた当のものでした。
  • オレンジの太陽の明るさ:太陽と水面の反射だけが強いオレンジ色で置かれ、周囲は灰色や青みがかった色調で抑えられています。実際にはこの太陽と空の明るさの差はごくわずかで、色の対比だけで朝日の輝きが作り出されています。

描かれた背景

1870年代前半のモネにとって、ル・アーヴルは少年時代を過ごした土地でした。当時のフランス画壇はサロンの審査が絶対で、モネら若い画家たちは繰り返し落選を経験しています。そこで彼らは審査のない自主展を組織し、1874年4月の第一回展にこぎつけました。屋外で制作し、細部の描写より光と大気の効果を優先する彼らのやり方は、当時の基準では未完成な下絵にしか見えませんでした。ルロワの記事はまさにその点を突いたものです。しかしこの絵の題名から生まれた名前のもとに、モネ、ルノワール、ピサロ、ドガ、シスレーらの仕事はひとつの運動としてまとめられ、19世紀後半の絵画を塗り替えていきます。付け加えると、モネ自身はこの絵を代表作として特別扱いしていたわけではありません。あくまで一枚の習作に近い感覚で出品したものが、批評家の筆先を通じて時代の名前になってしまった。美術史の呼び名がどれほど偶然に左右されるかを示す、いい例でもあります。

まとめ

《印象・日の出》は、大きさこそ50センチ×65センチと控えめですが、そこから生まれた呼び名が美術史の章題になった一枚です。マルモッタン・モネ美術館はパリ16区の静かな住宅街にあり、ルーヴルやオルセーに比べれば混雑も穏やかです。100点近いモネ作品と一緒に、印象派の名前の出どころをじっくり眺めることができます。