ジャクソン・ポロック:キャンバスを床に敷き、体全体でペンキを飛び散らせたアクション・ペインティングのアメリカン・ヒーロー

ジャクソン・ポロック:キャンバスを床に敷き、体全体でペンキを飛び散らせたアクション・ペインティングのアメリカン・ヒーロー

画家

床に敷いた巨大キャンバスに、筆を触れずに缶から直接絵の具を滴らせる「ポーリング(滴下法)」を開発したポロック。大原美術館の「無題」でも知られ、全米を熱狂させながらも破滅的な事故で散ったカリスマの一生。

ジャクソン・ポロック(1912-1956)は、アメリカの画家です。第二次世界大戦後、美術の中心地をパリからニューヨークへ移した「抽象表現主義」の中心人物でした。彼はイーゼルに立てたキャンバスに筆で描くという西洋絵画の伝統を捨て、床に大きなキャンバスを敷き、その周囲を動き回りながら、液状の絵具を棒や缶から直接滴らせる「ドリップ(ポーリング)」の技法を生み出します。その絵には上下も中心も筆触もありません。あるのは、画家の身体の動きの痕跡そのものです。

生涯

1912年、ワイオミング州コーディに生まれ、アリゾナやカリフォルニアで育ちました。1930年にニューヨークへ出て、アート・スチューデンツ・リーグでトーマス・ハート・ベントンに師事します。アメリカの土着的な主題を描く師の影響は、のちの荒々しい動勢に残りました。1936年にはメキシコの壁画家シケイロスの実験工房に参加し、噴霧器や滴下といった型破りな絵具の扱いに触れています。ネイティブ・アメリカンの砂絵や、ユング派の精神分析も、初期の神話的な図像に影を落としました。

深刻なアルコール依存に生涯苦しみましたが、その才能を早くから認めた画家リー・クラスナー(1945年に結婚)と、コレクターのペギー・グッゲンハイムの支援が転機となります。1945年にニューヨーク郊外ロングアイランドのスプリングスへ移り、農場の納屋をアトリエに改造。1947年から1950年にかけて、代表的なドリップ絵画の数々を生み出しました。

1949年、ライフ誌が「彼はアメリカ最大の現存画家か?」と大きく特集し、一躍時代の寵児となります。しかし名声の重圧から再び酒に溺れ、1956年8月11日、飲酒運転による自動車事故で44歳で死亡しました。同乗者の一人も亡くなっています。

画風の特徴

ポロックは市販の工業用エナメル塗料(家庭用ペンキ)を使い、下地を塗らないキャンバスに直接染み込ませました。棒、固まった筆、注射器などを用い、絵具を垂らし、投げ、振り撒きます。手首ではなく腕と全身で描くため、線の太さや密度に身体のリズムが刻まれます。結果として生まれるのが、画面のどこにも主役がない「オールオーヴァー」の構造です。1951年からは黒のエナメル一色で人型らしき形象が浮かぶ「黒と白」の連作に転じ、当時の観客を戸惑わせました。

代表作

  • 秋のリズム:ナンバー30(1950年、メトロポリタン美術館):ドリップ絵画の頂点とされる大作。黒、茶、白、銀の線が絡み合い、カオスと不思議なリズムが同居します。
  • ワン:ナンバー31(1950年、ニューヨーク近代美術館):横5メートルを超える最大級のドリップ絵画のひとつです。
  • 青の柱:ナンバー11(1952年、オーストラリア国立美術館):垂直の青い帯が画面を貫く後期の代表作。1973年の高額購入が国際的な話題となりました。
  • インディアン・レッドの地の壁画(1950年、テヘラン現代美術館):赤茶の地に厚みのある絵具が重なる、色彩の力に満ちた一点です。
  • カット・アウト(1948-58年頃、大原美術館):支持体の一部を人型に切り抜いた作品。ポロックの死後、妻リー・クラスナーの手で仕上げられたと伝えられます。

同時代の画家との関係

師のトーマス・ハート・ベントンからは構図の渦巻く力学を、メキシコ壁画運動のシケイロスやオロスコからは絵具の物質的な扱いを学びました。妻リー・クラスナーは同じ抽象表現主義の画家であり、最も鋭い批評者でもありました。ウィレム・デ・クーニング、フランツ・クライン、マーク・ロスコらとニューヨーク派を形づくり、批評家クレメント・グリーンバーグの強い支持がその評価を押し上げます。作品の巨大さと平面性は、次世代のヘレン・フランケンサーラーやモーリス・ルイスへ受け継がれました。

日本で見られるか

国内でも実物に出会えます。国立西洋美術館は「黒と白」の連作に属する《ナンバー8, 1951 黒い流れ》を、大原美術館は《カット・アウト》を所蔵しています。数は多くありませんが、いずれもポロックの異なる時期を代表する作品で、常設展示で公開される機会があります。

見どころ

実物の前では、まず画面から1メートル以内に近づいてください。糸のように細い線、玉になって固まった絵具、キャンバスの目に染み込んだ滲み。そのすべてが層になっているのがわかります。次に、一本の線を目で追ってみましょう。どこから始まり、どこで途切れるか。線をたどる行為が、そのままポロックの腕の動きをなぞることになります。最後に数メートル下がって全体を見ると、無秩序だったはずの線が均質な織物のように見えてきます。この距離による見え方の変化こそ、写真では絶対に再現できない体験です。